27
November
十一月〈そこに森がある〉

かなり前から、作曲している間に森のイメージが頭を占めることが多くなりました。フランスの科学哲学者G.バシュラールによる森の議論に触れたのが直接のきっかけで、『あるくにをあるく』という曲をライブで頻繁に演奏していた時期と重なります。この曲は『SOUNDTRACK FOR D-BROS』に収録されているのですが、ライブでの演奏を重ねるにつれてオリジナルの形からかなり飛躍することになりました。打楽器の即興演奏に長けている古川玄一郎君とともに、暗い森の中で「今までに聞いたことがない」音を次々に繰り出していく音楽です。森の奥深くで道を失った時、音が世界のすべてとなることを想像してみてください。枝を踏む音、微かな葉音、動物の気配のように知らない音も聞こえてくるでしょう。それはあたかも、暗闇の中でオーケストラを聴くようです。そのオーケストラには知らない楽器が含まれていて、もう何が聞こえてきてもおかしくありません。果たして「私」と音だけの無限の世界が広がっていくのです。「私」の内側で起きていることなのに、その身体性を越えた無限の広がりを、バシュラール は「L’immensité intime」(内なる無限)と呼びました。

アルバムの「十一月〈そこに森がある〉」の題材となっているのは「ベリー侯のいとも豪華なる時祷書」の11月の絵。一義的にはどんぐりを与える酪農の風景ですが、場所はサヴォワで、フランス辺境の森の入り口が描かれています。内と外との境界を感じさせるこの森のイメージに作った音楽の中で、たった1フレーズだけ演奏してくれる古川君のカバサの音色は、あなたにはいったい何に聞こえるでしょうか。

(作曲家・阿部海太郎)